
FRBはなぜ利下げに踏み切らなかったのか?
2025年7月下旬、米連邦準備制度理事会(FRB)は金融市場の予想通り、政策金利を据え置く決定を下しました。しかし、会合後のジェローム・パウエルFRB議長の発言が、市場に新たな波紋を呼び起こしています。パウエル議長は、利下げを急がない方針を改めて示し、「経済には両面リスク(上振れと下振れ)」があること、そして「現在の政策は適切である」と語りました。
一方で、市場はこの慎重な姿勢を“利下げ否定”とは受け止めなかったようで、ナスダック100先物は一時1.25%上昇。S&P500先物も0.9%、ダウ平均先物は0.2%の上昇と、金融市場は複雑な反応を見せました。
トランプ氏の利下げ圧力と、相次ぐ関税発表
FRBの発表から間もなく、ドナルド・トランプ大統領は複数の貿易措置を発表。ブラジルに対しては50%の関税(ただし一週間の延期と例外措置あり)を発表し、続けて韓国製品に15%の関税を課す意向を示しました。
トランプ氏の関税政策には政治的な意図も強く絡んでおり、特にFRBに対する圧力としても機能しています。パウエル議長が金利を据え置いたタイミングで、あえて経済にマイナスの影響を及ぼしかねない関税を発動したことは、利下げを促す“間接的メッセージ”と解釈する向きもあります。
パウエル議長とFRBにとっては、こうした政治的圧力の中で金融政策の独立性を守りながら、慎重な対応を求められる難しい局面です。
FOMC内でも意見が分裂──異例の“反対票”が意味するもの
今回のFOMC(連邦公開市場委員会)では、政策金利の据え置きに賛成したのは9名、反対したのは2名という結果になりました。注目すべきは、反対票を投じた2人のメンバーがいずれもトランプ政権1期目に指名されたウォラー理事とボウマン副議長である点です。
この2名は0.25ポイントの利下げを支持しており、32年ぶりとなる「理事による反対票」が記録されました。これはFRB内にも、現在の金利水準に対する懸念や、利下げの必要性を感じている声が存在することを意味しています。
ただしパウエル議長は、会見において「今の金融政策は適切な水準である」と述べ、市場に対して明確な利下げシグナルを出すことは避けました。
市場の利下げ期待は後退、だが完全には消えず
FOMC後、利下げの可能性を示す指標にも変化が表れました。FRBの発表前には、9月の利下げ確率は63%に達していましたが、発表後には45%へと急落。市場は“今すぐの利下げはない”との見方を強めつつあるものの、今後の経済指標次第では再び利下げ期待が高まる可能性は否定できません。
実際、木曜日に発表された第2四半期GDPは、前期比マイナス0.5%から年率換算でプラス3%へと急回復したものの、貿易摩擦を除いた最終売上高は1.2%の伸びにとどまりました。これは2022年以来の低水準であり、米国経済の基礎的な成長力に陰りが出ている可能性を示唆しています。
金利・利下げ・トランプの三角関係が米国経済を左右する
ここであらためて注目すべきは、「トランプ」「パウエル」「利下げ」という三者の関係性です。
トランプ大統領は過去にも「利下げは成長促進に必要」と主張し、FRBに対して直接・間接的な圧力を加えてきました。ときに個人攻撃にまで踏み込むほど強硬な姿勢を見せ、今回の関税政策もパウエル議長をけん制するための“戦略カード”の一つと見なす専門家もいます。
一方で、パウエル議長はFRBの独立性を守ることに強い信念を持っており、「短期的な政治的影響に流されることなく、長期的な経済の安定を最優先する」と繰り返し述べています。今回の会見でも、トランプ氏の貿易政策による影響を直接的には否定せず、“不確実性が高い”との言葉で巧みに交わしました。
次回FOMCに向け、注目すべき経済指標とパウエル発言
市場関係者が次に注目するのは、9月16・17日に開催される次回FOMCです。この時点での経済指標が、FRBのスタンスに大きな影響を与えると見られています。
直近では、ADP雇用統計やJOLTS(求人労働異動調査)、さらには金曜日に発表される7月の雇用統計など、雇用関連の指標が重要な判断材料となります。これらの数字が予想を下回れば、再び利下げ観測が強まる可能性もあります。
まとめ
トランプ大統領の政治的圧力と、パウエルFRB議長の慎重姿勢――両者の間で進行する“静かな対立”は、今後の米国経済の方向性を大きく左右します。
市場は今、「利下げがいつ実施されるのか」「FRBは本当に独立を維持できるのか」といった問いに対する答えを探しています。特に2025年後半は、選挙や財政問題、地政学リスクなど多くの要素が重なり合い、政策判断はこれまで以上に難しいものとなるでしょう。
意外と金利が横ばいというのも株価には追い風なのでしょうか。